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インド旅行

デリー発インド旅行

デリー
レッドフォート城
現在のデリーは近代的な都市ですが、その歴史は、3000年にも及びます。デリーは過去と現在が同居する街だからこそ時間を飛び越えたような不思議な魅力があるのです。

まず、シャー・ジャハンが、300年前に城壁で囲んで造ったオールドデリー。御影石の城壁の中には、小さなバザールや人混みや色彩でごった返す喧騒があります。オールドデリーのシンボルは、赤砂岩でできた壮大なレッドフォート城です。堅牢な城壁の中には伽話に出てくるような宮殿や、ムガール朝の皇帝達が宝石のはめ込まれた黄金の孔雀の王座に座り、宮廷としていた謁見の間、ディワン・イ・カスなどがあります。

レッドフォート城の向かい側には、インドで最も大きくエレガントな回教寺院、ジャーママスジットが紺ぺきの空を背にそびえています。このモスクの近くには、ムガール人達の市であったチャンドニチョウク(月光の市)があります。かつて、中央に運河が走っていたチャンドニチョウクの大通りには今、リキシャや荷車や自転車が行き交っています。

この大通りから、無数の小道が迷宮の様に伸び、そこでは綿、組紐、銀器、真珠などの専門店が所狭しと軒を連ねています。
インディアンゲート

20世紀初頭の風貌をしたニューデリーは、エドウィン・ルディスが英国のために設定した新しい首都です。ニューデリーのメインストリートは、ラージパトゥ通りで、戦争記念門であるインディアンゲートから、ライシナの丘の上に建てられた大統領官邸ラシュトラパティ・バワンまでまっすぐ伸びています。ラージパトゥから放射線状に伸びる通りには、涼しげな街路樹が植わり、緑の芝生のある白い邸宅が立ち並んでいます。

そのなかの道は、ニューデリーの繁華街、コンノート・プレースを抜けて行きます。


コンノート・プレースは白い円形のショッピングセンターで、中央には花をつけた木々の噴水のある公園があります。コンノート・プレースには、近代的高層建築が建ちならび、ここから放射状に走る道路にはエンポリアムや小店が軒を連ねています。

こんなファッショナブルな繁華街へ現代的なデリーっ子たちがショッピングにやって来るのです。

デリーにはプラーナキラー城や、ロディー王家の廟や、フマユーン皇帝の廟の周辺に、青々と茂る緑のオアシスの様に美しい公園が点在します。木々が遺跡を包み、冬には彩りを加えます。

ムスリム支配初期のデリーは、現在大統領官邸のある所から南は15キロ行ったところにありました。その古都は、初期ヒンドゥー様式建築の遺跡と融合して造られたことが、この石造りの建築のなかにはっきり見て取れます。

この古都の中心に、勝利の塔、クトゥブ・ミナールがあります。そのそばには、インド最古のモスクの一つである、クワットゥルイスラームの回廊があります。デリーには遺跡があるばかりではありません。博物館や美術館も豊富にあり、国宝級美術工芸品から、蒸気機関車や人形に至るまであらゆるものを展示しています。

デリーのバザールや現代的なショッピングセンターでは、インド各地の工芸品を売っています。デリーは、インド発見の旅をスタートするには格好の地といえるでしょう。

アグラ

 

タージ・マハル

アグラは昔の栄華の残像のような街です。あの繁栄を究めたムガール朝の首都だった街だと言えば、察していただけるでしょうか。ムガール朝は建築にひとかたならぬ情熱を注いだため、今日世界で一、二を誇る名建築を残しました。悲しみにうちひしがれた皇帝シャー・ジャハーンが愛妻ムムターズ・マハルの死を悼み県立したタージ・マハルは、今日もその孤高とした美をたたえています。


月光にはほのかに浮かぶ姿にせよ、朝焼けの薄紅の光の中に輝く姿にせよ、庭園の池に写る姿にせよ、タージ・マハルは美しいのです。完成までに22年の歳月を要し、名匠達の手で白大理石に宝石がはめ込まれ、透かし彫りが施され、そうして皇帝の愛の記念碑が造られました。


多分、最も感動的なタージ・マハルの姿は、ヤムナ河の対岸にあるアグラ城の八角形の小塔から見る景色ではないでしょうか。皇帝シャー・ジャハーンは晩年ここに幽閉され、亡き妻の廟を眺めながら過ごしました。妻の廟と同じ形をした、黒大理石製の自らの墓を、ヤムナ河を狭んだ反対側に造りたいというシャー・ジャハーンの望みは叶いませんでしたが、アグラ城の中には美しいモスクや華麗な宮廷を残しました。
ファテプールシクリ

幻想的廃墟の町、ファテプールシクリが、アグラから少しはずれたところにあります。


アグラに飽きた皇帝アクバルは、ファテプールシクリに遷都しましたが、水不足のため数年で立ち去らざるをえませんでした。今日要塞、大門、宮廷などが、完全な保存状態で残っています。


赤茶けた砂岩の中庭には、宝石がはめ込まれたようにして建っている、聖人サリム・チシュティの大理石の廟があります。アグラ郊外シカンドラにあるアクバル帝の廟とイトゥマド・ウド・ダウラの廟は、それぞれムガール様式の建築を代表する見事なものですが、タージ・マハルの威光の前には、やや影が薄くなっていまいます。

ジャイプール
アンバー城

100年前、ジャイプールの町はここを訪れた王子を歓迎して、町中をピンクに染めました。それ以来この町は、その色のままになっています。


大タール砂漠の外れに位置するジャイプールは、ラジャスタン地方の入り口であり、ラージプートの地、騎士道と武道の伝統が息づく地、英雄と美女の伝説の地です。

この町には壮厳な宮殿、色鮮やかなバザール、町を包み込むようにそびえる城砦などがあり、さながら中世の町そのものです。女たちはゆれるスカートに色とりどりのベールをまとい、銀の装飾品で飾りたて、長身の男たちはターバンを巻き、町には、ラクダに引かれた荷車がゴトゴト通る………そんな光景はまるで幻のようです。

ハワ・マハル

そんな幻想的中世のイメージとは裏腹に、ジャイプールはたった260年の歴史しかありません。


ムガール朝の衰退に乗じて、藩王(マハラジャ)ジャイ・シンが、先祖代々の丘陵城砦であるアンベール城を出て、自らの名にちなんだこの町を建設しました。


ジャイプールは碁盤の目状に設計された近代的な都市なのです。ジャイ・シンは優れた占星学者でもあり、膨大な量の煉瓦やモルタルを使って、目を見張るほど精密な天文台、ジャンタル・マンタルを建てました。ジャンタル・マンタルからさほど離れていないところに、美しいハワ・マハルがあります。


ハワ・マハルはピンク色の高い建物で、正面には繊細な透かし彫りの戸がはめられていて、ジャイプールの王妃や宮廷の貴婦人達が俗人の目に触れることなく街路で繰り広げられる祭りの様子や行列をここからこっそり、かいま見ていました。

 


ムガール様式とラジャスタン風の建築様式が融合してできたシティ・パレスは、現在では博物館となっており、ジャイプールの王朝を物語る品々が展示されています。大謁見の間には、美術品や写本が陳列されています。


ルビー、ルリ、黄金をすり潰して作った顔料で描かれた細密画が壁に彩りを加えています。膨大な武器コレクションの中には、水晶のつかの黄金の短剣、宝石がちりばめられた儀典用の剣、ラクダ乗り用に作られた銃などの骨董品があります。この博物館には世界で最も大きいと思われる銀製の瓶があります。


これは、王子が英国を旅行したとき、聖なるガンジス河の水を運ぶ目的に使われました。藩王支配の時代は終わりましたが、ジャイプールには今なお王朝風の伝統美術が息づいています。賑々しいバザールの店々には手工芸品や宝石があふれんばかりに並でいます。

細密画は今でも手すき紙や象牙に描かれています。

ジャイプールからほんの11キロ離れたところに、6世紀もの長きにわたって首都であり続けたアンベールの丘城があります。宮廷や庭園が何段にもなって丘の上に作り上げられています。鏡の間シェーシュ・マハルはこの種の広間の中では最高傑作といえるでしょう。

小さな鏡が無数に飾り付けられているので、たった一本のロウソクの炎も何千本にも反射して輝くのです。

ベナラス(バラナシ)
バラナシ

由緒ある古代都市ベナラスは、ヒンドゥー教徒の世界の中心です。崇高な巡礼地、そして信仰の小宇宙の中心地として、無数の見どころがある荘厳な町です。何千人もの巡礼者が、インド各地だけでなく世界中からベナラスに集まります。過去と現在、永遠と連続性が隣り合せに生きている、独特の町です。


ベナラスは、インドで最も神聖な河、ガンジス河の蛇行地点の外側の北岸に始まり、多種多様なインド建造物の荘厳なパノラマを形作っています。聖なる河と町の独特の関係は、「聖なる光の地」ベナラスの本質です。ガンジス河は、天国から流れ出て人類の世俗的な罪を洗い流すと信じられています。


したがって、ベナラスにいることは、この世界の外側を経験すること、つまり、自己を発見し、永遠の命を探し求めて現在と過去を旅することなのです。歴史学者によれば、ベナラスの町は、紀元前10世紀頃に建設されました。ガンジス河の二つの支流、つまり北に向かうバルナ川と南に向かうアッシー川に挟まれたバラナシ(ベナラス)は、永遠の命を得ました。


ベナラスは、仏典「ヴァマナ・プラナ」のような聖典や叙事詩「マハーバーラタ」にも出てきます。
ガンジス河の河岸

ベナラスの生活と活動は、聖なる河の周りで営まれています。ガンジス河の河岸の生活は、夜明け前に始まります。男女、子供を含む何千もの巡礼者が川に降りてきて日の出を待ちます。


グループで来る人もあれば1人で来る人もいますが、その誰もが救済という強い思想に心を奪われ、聖なる川に浸ることによって自分の現世の苦しみが浄化され、罪が洗い清められる瞬間を待っています。徐々に日が昇り、川にかかるもやがゆっくり晴れると、世界中のどの都市にもない神々しさを持つ荘厳な建物群が姿を現わします。日の出直後、川辺のガートがある大きな円形の場所は、突然活動を始めます。


ヤシの葉でできた大きな傘の下では、巡礼者が所定の位置につきます朝の張り詰めた全体論的な雰囲気の中、由緒あるブラーミン(パンダとして知られる)は、聖典の一節を朗読し、僧侶は、神への崇拝の印に聖なる灰を巡礼者に振りかけます。船頭、花売り、砂糖菓子や小装身具を売る売り子の甲高い声、聖なる雄牛と雌牛が周りを回っています。ベナラスは、人に人生を顧みさせ、宇宙と死の前での現世的な富の無意味さを考えさせます。


水辺に沿って、ガートがあります。その中で最も神聖なガートはマニカルニカで、これはシヴァ神の妃である女神パールヴァティーにまつわるものです。主な寺院は、シヴァ神の住まいであるヴィシュワァナート寺院で、この宇宙の神であるブラフマー、ヴィシュヌ、マヘーシュワラの3人の神の中で最も重要なものです。


この寺院の回りでは、ベナラスとかつてカーシーと呼ばれていたベナレスの中心部の宗教的な独自性が発達しました。ベナラスは、何千もの神々の故郷であるだけではありません。ここでは、一年を通じてほぼ毎日、何らかのお祝いが催されています。実際、ベナラスは、途切れることのない色、匂い、音で、神聖かつ現世的な生命の原理を祝っています。

ウダイプール
大理石の宮殿と青い湖

ラジャスタン州の中で最もロマンチックな街のひとつであるウダイプールは、湖の街としてよりよく知られています。大理石の宮殿や美しい庭園そして穏やかな青い湖が、この街をより美しく見せます。


創設者マハラナ・ウダイ・シンは、以前の首都チットルガールが直面した不運に圧倒されてしまいました。アクバル皇帝の軍によって城塞を略奪されたウダイ・シンは、やむを得ず周囲のアラヴァリ山脈へ避難するしかありませんでした。


彼はピチョーラ湖畔へ移るよう促され、新しい首都は決して征服されることはないだろうと言われ、この地に喜びの街を建設し始めました。
シティ・パレス

トリポリア門を抜けたところに位置するシティ・パレスには、彫刻が施された上層バルコニーやアーチそして装飾が施された柱などを見ることができます。パレス内には、スラージ・ゴカーダと呼ばれる日光浴のできるバルコニーと、バダ宮殿やシーシュ宮殿、ビーム・ビラス、チーニ・チットラサーラそして孔雀の間などがあります。


他にもゼナーナ宮殿、ファテー・プラカシュ、ダルバル・ホールやシャンブ・ニワスなどの見所があります。シティ・パレスから程近いところには、ジャガンナート王に捧げられたジャグディシュ寺院があります。


サジャン・ニワスとその内部にあるグラーブ庭園、マチチャヤラ・マグラ、ドゥード・タライ、ジャグ寺院、モティ・マグリ、ナタニ・カ・チャブトラ、サジャン・ガール宮殿なども、一見の価値があります。


ウダイプールを囲む丘陵地帯には、バラッティヤ・ローク・カラ民族博物館やシルパグラム、ネルー公園、また複数の狩猟小屋などの見所が点在します。


考古学的にとても重要なアハル村とその博物館。近くには、メワール王国の統治者たちの記念碑が建ち並ぶガンガブハール・クンドがあります。ウダイプールから少し外れたところには、108 の寺院が混在するシュリ・エクリングジ寺院郡があります。また、ウダイプールからさほど遠からぬところに位置するラジャサマンドとカンクロリでは、さらに多くの寺院を訪れることができます。


ウダイプールの27 キロ北に位置するハルディガーティは、1576 年にラナ・プラタプとアクバル皇帝の軍が戦いに挑んだ場所で、その壮絶な戦いはラジャスタン全土で壁画や民謡などに語り継がれています。


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